ハイハイで散歩中

面白いと思ったものをただただ紹介したり、またはただの雑記に成り果てそうです。

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傘がない〜エンドレス・アンブレラ〜

井上陽水の話しではない。いや、もしかしたら遠い先祖のように、どこかでぶつかっているのかもしれない。

雨が降ったら色々な場所に傘立てが出現する。その場所に入るために、さしていた傘を傘立てに入れ、そして中に入る。暫くしてその場所を出ようと、傘立てから傘を探す。
僕の傘がない。
そういうことはしばしば起こる。
別日の雨日和。今度は同じ轍を踏むまいと、他の傘よりだいぶ頭(取っ手の部分)を高くするように少しだけ傘立てに挿し込む。つまり僕の所有物だと周囲に知らせるために。
暫くしてまた出ようと傘を探す。
本来「探す」行為などしなくていいはずなのだが、
やはり傘がない。
おいらの傘がありゃしまへん。
他との差異を大幅に付けたはずなのに何故なのか。
もしくは、これ見よがしに自分の傘を主張し過ぎたから反感を買ってしまったのだろうか。いや誰の反感を買うっていうんだ。
まず、僕が傘を盗られた(「取られた」とはまず思わない)時の感情と思考回路を説明すると、
ふざけんじゃねぇ、このド畜生が。
という感情になり、そして、
ふざけんなよー。このあとどうすりゃいいんだよー。
という気持ちになる。
この次に行動する時の思考回路の説明をする前に、少し整理しておきたいのが、これは「盗られた」のか、誰かが間違って「取ってしまった」のかで、勿論僕の機嫌も変わってくる。
「間違って取ってしまった」パターンは、僕自身経験がある。実際さしてみて、なんか違和感があって自分の間違いに気付く(戻りに行きたい気持ちはヤマヤマなのだが、ごめんなさい、面倒でそのまま先を歩きます)。また、傘を取る時、どこに入れたのか忘れてしまい、うーん、これだっけな。となるべく自分の記憶の像と似ている傘を選び取る。その時、結構軽い気持ちで(この時点ではまだ自分の傘の可能性があるため、さして罪の意識が薄い、というか罪は、なにものかの陰に隠れていて、意識下にない、罪に気づいていない状態にある)、取っている。
そう、取る側は、そんなに深く考えずに気軽な気持ちで取っている。

では、取られた(盗られた)あと、どう行動に移すべきか。

1.新たに傘を購入する。
2.目的地まで雨に降られながら走って、イイ男になろうとする。
3.他人の傘を盗る。

3.を選択した場合、「取る」から「盗る」に変わる。
取られた(盗られた)側は、当然のことなのだが、かなり分が悪い。
自分の所有物ではないと明確に分かっていながら、他人の所有物を盗るのだから。
かくして罪人になるわけだ(この場合、自覚しているのと、いないのとで罪人になってしまうというのは興味深い)。
なりたくなくても、不可避的に罪人に仕立て上げられる。
というのは言い過ぎなのかもしれない。一般的には、暗黙の自明行為なのかもしれない。自分で自分を裁いている不毛行為なのかもしれない。
ただ、盗られた側にしたら、盗った人に対しては罪人というか、悪人に対して向ける気持ちを抱くのではないだろうか。
実際僕は、高校生の時に、危うく警察に突き出されそうになった。

●ここでいきなり回想トーク
その日、夕方に部活が終わって帰ろうとした時に、ちょうどゲリラ豪雨に遭い、誰も傘を持ち合わせておらず、その年齢時は四六時中浮き足立っているような精神状態にあり、友人同士で、コンビニまで走っていって、傘立てにある他人の傘を盗ってこようということになった。
僕は、率先してその役を買って出て、いそいそとコンビニまで走って行った。だが、いざ傘立てを前にすると、にわかに緊張し始め、日常的に行っている動作、一挙手一投足の歯車が狂い始めたのを、もう一人の自分が客観視していた。
そして、自分史上よくあることなのだが、なんとなくこのままいくと失敗するんではないかという、不吉な予感を抱きながら(この場合何故か引き返すことが難しく、そのような不吉のルートにかなり前から乗ってしまっていて、いわゆる死亡フラグが大分前に立っていたような、あとはゲームオーバーをただ待つしかないようなそんな感じ)、傘を取ろうとしたその刹那、自動ドアが開きー着実にカウントは0に近づいているー僕はそれに気づきながらも動作停止不可能なシステムの只中におり、僕はそのまま傘を取り、全力ですっとぼけた表情で(さも自分の傘だというように)、元来た道を帰ろうとした。
が、カウントは0になっており、野太い怒号が後ろからしたと思うと、右腕をぐっと引っ張られ、振り返った僕の眼前には、鼻息を荒くし、力いっぱい目を血走らせながら、少し太った中年サラリーマンが立っていた。まるで朝の通勤ラッシュ時にたまに見かける、乗車中に蓄積されたイライラに支配された、いい大人の小競り合いの当事者のような雰囲気を漂わせていた。
そしてオジサンは僕の胸ぐらを掴み、罵声を浴びせたあと地面に倒した。僕は意外なほどスムーズに地面に倒され、後悔の海に溺れて窒息しそうになっていた。
ただ、引くに引けなくなっている僕は、眼光だけは鋭くオジサンを凝視していた。
勿論相手を逆撫でするのは自明で、警察呼ぶぞ!と怒鳴り、周りに聞こえるように、ここに泥棒がいまーす!と、大声で叫んだりもしていた。
僕は警察はまずいと思い、その場からさっさと退散しようと思ったが、絶賛泥棒宣伝中のオジサンは、僕を捕まえ、「謝まるのが筋だろう」、と、誠にごもっともなことを言って(恐らくこのオジサンは出会い方さえ違えば結構好印象なオジサンなんだと思う、ただ僕のせいでこのような荒くれ者になってしまったのだが)、僕にこの場を収める方法を示唆してくれた。だから、僕も半ばほっとしながら(ただその年齢特有の不貞腐れ顏は崩さず)棒読みで、すみませんでした。と謝った。その後、なんだか解放してくれる雰囲気が漂い始めたので、不貞腐れた態度は継続したまま、ゆっくりと帰って行った。僕の後ろからは、テメーなんて川を泳いで帰ればいいんだ!など、どこかのネジが外れてしまった罵声が聞こえてくるも、僕を追ってくる気配はなかった。

あの時のオジサン、すみませんでした。僕が100%悪かったです。

と、ついつい話が長くなってしまうのは僕の悪い癖だが、以上のケースは、強制的に、突然選択肢を選ばされて、罪悪を抱えながら3を選択したのとは話が全く違い、自明に罪人決定のケースであったため、単なる未熟者のダサい高校生のエピソード、それ以下でも以上でもない。

少し話を戻すと、仮に僕が3を選択して、誰かの傘を盗る。すると、今度は僕が盗った傘の持ち主が、1センテンス前の僕と同じ状況になる。
ということは、僕の傘を盗った誰かも、既に誰かに傘を盗られていて、同じく僕と同じように罪人に仕立て上げられた上で僕の傘を盗っている可能性も出てくる。
そう考えると、僕は壮大な流れ作業を構成する単なる一員に過ぎないのではないかという気がしてくる。
そう思うと途端に罪悪の意識が薄れてくる。赤信号をみんなで渡っている時のような、多数派が善となるような屈折した理屈。
と、ここまで話を敷衍(ふえん)させるとややこしくなってくるので、限定させると、僕の傘を盗った誰かは、僕と同じように誰かに盗られ、止むを得ず僕の傘を盗ったのだと、そのように考えることで、僕の気分もだいぶ落ち着くし、その流れを僕で打ちどめにしようという、ヒロイズムに酔いしれることも可能になる。

つまりものは考えようだ。

そろそろ終わりにするが、とにかく、「罪人に強制的に仕立て上げられる」、だとか、気違いじみた被害妄想者のようなことを今後言わないためにも、そろそろ、置き傘を買おうと思う。

了です。