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正常性バイアス~備えあれば憂いなし~

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「間もなく、1番線を、電車が通過いたします」

駅のアナウンスが入り、僕は、「なんだ、通過か」と思った。

すると、やや気怠い声で、

「はい、通るよー。通りますよー。危ないよー。通過するよー。今通過するよー。ほら通過しちゃうよー」

と言いながら、僕の前の線路を、太った中年オジサンが、四つん這いで、赤ちゃんのハイハイのように、よちよちよちよち、そしてよちよちと、牛歩のごとく進行中で、間もなく僕の前を通過するところであった。

そして、なぜかそのオジサンはパンツ一丁というか、紙オムツ一丁で、そのむき出しの背中には、「電車」、と書かれた紙が貼られており、その「電車」の直後に、(急行)と記されてあって、思わず僕は、「じゃあもっと急げよ!」とツッコミを入れそうになった刹那、目的地を通り過ぎてしまったのに気付き、夢想世界から、現実世界に引き戻された僕は、間もなく完全に夜のベールに包まれる、そんな狭間の暮色蒼然の世界の中を、また変な妄想をしてしまったと自嘲気味に思いながら、目的地に向かうため、行き過ぎた道を引き返した。

もしかしたら、予知夢的なものだったのかもしれない。あのオジサンは僕に「通過するよー。通過しちゃうよー。目的地通過しちゃうよー」と、僕に教えてくれていたのかもしれない。そして予知夢的なものだとするならば、紙オムツ一丁、四つん這いになったあの姿も、未来の僕の姿なのかもしれないし、僕にもあのような性癖があるのかもしれないし、まあ、なんというか、まあいいや。

まあいいや、と思ったが、せっかく夢想話を書いたので、そこから少し話しを広げてみる。

もし、実際に線路上を、紙オムツ一丁のオジサンがよちよち進行していたら、僕はどのような反応をするだろうか。

まず、度肝を抜かれ、狼狽するかもしれない。いや、逆に予想外のこと過ぎて、思考停止に陥り、体も停止してしまうかもしれない。

もしかしたら、見て見ぬ振りをするかもしれない。

オジサンのことをよくよく観察すると、あたかも鉄道会社から与えられた仕事であるかのように、よちよち進行中であるかのように見える

正常性バイアスという心理学用語がある。

予期せぬ事態が起こると、心の平安を保つため、「これは大したことないだろう」、「大丈夫だろう」、というバイアス(偏見)が作動し、自分の都合のよい範囲内にその出来事を収めてしまう、そのような心の働きのことをいう。

上記の、「オジサンのことをよくよく観察すると、あたかも鉄道会社から与えられた仕事であるかのように、よちよち進行中であるかのように見える」

という表現も、既に正常性バイアスが働き始めていると思う。

そして次第に、

「あんなに淡々と進行していて、もしかしたらオジサンは、鉄道会社関係の人なのかもしれない。そして、本当にこのような業務があって、今、目の前で起こっている事態は、全く問題のない出来事で、単に僕が無知だっただけなのかもしれない。そうだ。これは正常。誠に正常」

だが、なるべくこうはならないようにしたい。

もし、紙オムツ変態野郎の行動が、勝手に自己満足のためにやっていることだったとしたら、そしてそこに、本物の電車が近づいてきたら、事態は最悪である。

だが、その最悪な事態が起こっても、バイアスが作動し、もしかしたらこう思う人もいるかもしれない。

オジサンが電車に轢かれてしまったのを目撃した人「い、いや、だって、あのオジサン駅員かと思って、注意していいものか迷ってる間に電車が・・・いや、っていうか、あんな紙オムツ変態野郎死んで轢かれて当然だろう。あの野郎が悪い」

みたいな感じで。

僕はそんなのはごめんだ。

言い訳しなくてはならない人生なんて。

後悔したくない。言い訳したくない。罪悪に苛まれたくない。なにが正常性バイアスだ。心理学だ。そんな用語でごまかすな。

 

だから僕は備えようと思う。

想定外だから狼狽(うろた)える。

想定内にしておこう。

そのためには準備が大事だ。

紙オムツ変態野郎が、線路上をよちよち牛歩する、そんなオカシな状況を予め想定しておく。

僕はそんな変態野郎が目の前に現れたら、まず、電車を止めるため、ホームに設置されている、非常停止ボタンを押す。そして速やかに駅員に通報。グッジョブ。お疲れ。

これで、クソ野郎が線路でよちよち赤ちゃんプレイよろしく線路上を牛歩していた際の、対応の仕方を備えることができた。

備えあれば憂いなしだ。

もしかして、こんな記事書いてるオレが、1番やべー奴かもしれない。

少しおふざけが過ぎた記事になってしまったかもしれない。

まあ受け止め方しだいっていうことで。

てへぺろです。