ハイハイで散歩中

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電車の中で座らないダイエット~2019年は立ち続ける男に~

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明けましておめでとうございます。
今年も宜しくお願いいたします。

突然だが、僕は電車の中で座らない。
それは、立ち続ける男として存在する、とも言い換える事ができる。
「立ち続ける男」、中身を無視し、響きだけでその言葉を捉えれてみれば、なんかカッコいい言葉ではないか。
だが、冷静になってしまえば、響きだけ捉えたところでやはりダサく、バカっぽい感じが臭(にお)いとして立ち込めてくる。
「立ち続ける男」、なんかすごく間抜けな感じがしてきた。

いや、そうじゃない。僕が言いたいのは語のニュアンスの話しじゃない。
僕は最近、電車の中で座らないことにしているのだ。
それは最近、デブってきてしまって、なんとかしなければいけない由々しき問題だとずっと思っていたからである。
たが今しがた、「最近、デブってきてしまって」、と書いたが、この期に及んで僕は現実を見て見ぬ振りしようとしているらしく、実は最近どころか、数年前から僕はおデブになろうとしていた。
僕はずーっと前からなんとかせねば、なんとかせねば、と思っていて、そのままその数年間、怠慢という名の脂肪(勿論文字通り栄養素の脂肪も)を着々と蓄えてきてしまったのである。
僕の日常の随所にデブは顔を出す。
トイレの便座に腰掛けた時のお腹に。バナナマン日村の貴乃花のモノマネがすんなりできてしまったアゴ周りに。鏡の前に立ち、正面から見たら「いや、そんなにデブってないじゃんか」と思って安心したのも束の間、横を向いた時の草野仁もびっくりのザ・ワイドな厚みに。
山崎まさよしの気分がある意味分かろうとしている僕は、自分自身が情けなく、嫌気がさしていた。
だからなんとかしなきゃと思っていて、ランニングを始めようかなとかも考えていた。
だがめんどくせえ!ランニングとかだりーし!
じゃあ走るか。と思った時に出現するやらない言い訳の多さよ!こんなにも日常は誘惑に溢れているのかと気づき、そしてすぐ、いや、これは自分がいかに怠慢であるかに気づくのだった。

そして先日、どこかで誰かが、「んなもん習慣化させちゃえばいいんだよ」と言っていたのを思い出した。
自分への負荷を日常に組み込んでしまえばいいのだと。
そしてそんな時、YouTubeでメンタリストDaiGoの動画を見てしまった。
別にDaiGoに興味があったわけではなく、ほんとに見たくなかったのだが、さすがメンタリストというべきか、動画のタイトルに興味を惹かれてしまった。
「痩せないし老化する!ランニングの真実」
その動画の内容はほとんど忘れてしまったが、それでも覚えていたことがあり、とりあえずランニングは辞めた方がいいというのと、DaiGo自身ほとんど座らないんだ、ということと、あとはYouTubeのDaiGoはやたらと高速に話すということくらいだった。
僕は、座らないのは本当にダイエットに効果があるのかとネットで早速調べてみたら、結構記事が出てきて、そうか、効果あるのか、じゃ、やってみようかな、ということで、僕は今日までとりあえず電車の中では座らないことにしている。

実践してみてまず気づいたのが、僕の体は、空いている席に座りたくてウズウズしてしまう病に侵されているということだった。
自分では結構、座らなくても大丈夫な人物として生きてきたつもりだったが、油断すると、空いてる席につい体が移動してしまいそうになる。
これはよく考えると不思議な話で、満員電車の時は立っているのが当たり前で、その時座りたいなんて僕は考えない。しかし、いざ空いてる席が目の前に現れると、その「空いてる席」は、「座らなければならない席」という意味にどうやら体にインプットされているらしく、その意味通りに体は実行したがるようだ。
満員電車に限らずとも、普通に席が埋まっているだけなら、全然立っているのは苦にならにいのに、ちらほら余裕をもって空席があると、体は、「本来なら座れるのに座らない」という我慢をしなければならないため、若干の労力を使わなければならないのだ。
でもまあ、「座らないこと」が習慣化されてしまえば、それもなんともならなくなるのかもしれないが。分からないけど。
あと他に気づいたのは、下の記事にも書かれていたことだが、お年寄りに席を譲らなくていいということだ。

www.bee-excited.com

お年寄りが乗車してくる際、座っていると、譲らなければならない、という多少の気疲れをしてしまう。
だが、そもそも立っていればそんな心配は無用で、そんな気疲れをしなくてすむのだ。
しばしば電車内では、そのようなルールにいつの間にか自分が取り込まれていることがある。だが今回の場合、ハナからそのルールの適用外の場所に自分を移動させているというか、ハナから試合に参戦しない、という、言ってしまえば少しずるい手法を使っていることになる。
まあ、これはお年寄りに席を譲る行為になんの気疲れや労力を感じることなくできる人にとってはなんのメリットにもならないだろう。
だが、僕のようにいまだに多少の勇気を必要としている者にとっては、ある程度メリットになるのだろうと思う・・・か?いや返って怠慢が増すだけではないのだろうか?今のところ分からない。

また、席に座らないことによって、少し堪えなければならない局面もある。
それは、席がガラガラの場合、どうしても座ることが正義のような印象があり、周りの人に、「なんであいつ座らないんだ?」と訝しがられているのではないだろうか。という妄想を抱え込んでしまうということだ。
勿論これは僕の被害妄想に過ぎないのだが、やっぱり多少の違和感を抱かずにはいられない。
だから、早い内にこのことに慣れて、周りからも、「あ、あの人、電車の中では座らない男だな。カッコいいな」と、思われる男になりたいし、そんなこと考えないくらい日常に馴染ませ、習慣化させていきたい。
始めてから2週間程度経ったが、今のところ体の変化は感じない。というか電車の中で座らないだけで痩せようとするのではなく、それプラス食事のとりかただったり運動なり筋トレなり組み合わせる必要があると思うので、まあ色々やっていこうと思う。
だがなんとなく自分で決め事をして、それを実行しているというのは気分がいいので、これからもマイルールとして続けていこうと思う。

僕は、電車の中では座らない男に、つまり、必要な時に立てる男ではなく、常に立ち続ける男として存在したい。
これが今年の、僕の抱負です。
ありがとうございました。