先日、夜遅くに電車に乗っていたら、酔っ払っている60歳前後のオジサンに遭遇した。
僕が乗車した時にはその人は既に存在していて、僕が読書しようと本に顔を向けて暫くすると、「はぁ〜あ。………はぁ〜あ」と、周囲に聞こえるくらい大きめの溜め息を連発しだしたので、そのオジサンの存在及び酔っ払っているという特性をそこで認識することができた。
僕は立って本を読み、そのオジサンは向かいの長椅子に適度な溜め息と共に着席している。
最初こそ、パーソナルスペースを脅かす危機感を抱いたものの、暫く同じ空間を過ごした後、酔っているという特性は、「少し大きめの溜め息をついてしまう」という許容できる個性に推移していき、僕の中でその場所は、「ここは平穏である」という解釈に更新されていた。
しばらくは。
そして、電車が何度目かの速度を落とし始め、オジサンが何十度目かの溜め息を契機に、なにかを決意するように立ち上がった。恐らく降りるのだろう。
電車が停車する間際、オジサンは扉の前に立ちはだかった。
そして扉が開く。
オジサンの足が前へと出る。
足が下ろされる。
しかし、オジサンはまだ車内にいた。
風向きが変わったのを感じた。
オジサンは扉の前で反転し、そして僕を真っ直ぐに見て言った。
「僕はどうやって帰ればいいんだっけ?」
その表情は子供のように純真無垢だった。
「あれ〜?僕はどこで降りれば……。うーん、あなた、どう思います?」
どう思うもねーよ、オレが知るわけねーだろこのタコ!!!
とは言わず、
「分からない」
とだけ言った。
「分かりません」、ではなく、ぶっきらぼうに「分からない」と言っているあたり、僕はこのオジサンを軽蔑していて、そして、「こちらに害を与えかねないマジでただのどうしようもない酔っ払いジジイ」というレッテルに貼り直していた。
そして、僕の言葉を聞いているのかいないのか無反応のまま、首を傾げながら再度着席しようとしていた。
そして、座る直前、こうぼやいた。
「あーあ、変なオジサンが変なこと言ってるよ。とでも思ってるんだろうね、全く」
いや、客観視するシラフさは持ってんのかい!!
僕はマウント合戦に必要なメタ認知能力がこのオジサンの方が実は高いんではないかと急に思い始めた。
先ほどまで軽蔑していた僕が、なんだか下になった気がした。
しかもそんなことはお構いなしと言わんばかりに、また例の、「あ〜あ」という溜め息を連発しだして、余裕感もあるようにこちらには見えてくる。
え、オレが悪いの?
急に僕はバツが悪くなり始めた。
そして、自分に非があると認めてしまいそうになるときに発動する、悪あがきの兆候も心の内に現れた。
「っていうか周りに結構乗客いるのになんでオレにしか話しかけないんだよ。あんたの真横を通り過ぎる人とかいんだろ。なんでこんなクール決め込んでる、さっきから同じページの同じ行からまるで進んでいない独特の読書の仕方しているオレにしか話しかけないんだよ!このタコ!」
という責任転嫁の悪あがき。
完全に僕が敗北しかけたその時、座っていたオジサンが、床になにかを吐いた。
僕は、「あ、やっぱこのジジィ駄目だわ。クソジジィかもしれん」と思い、僕は僕を秒で取り戻した。
そして、また電車が駅に停車する間際、「あれ〜?あれ〜?」と鼻歌でも歌ってるかのように呟きながら、扉の前に立ち、そして扉が開くと、僕に向けて、
「バイバイ」
と言いながら手を振って、電車を降りた。
最後はカワイイかよ!!
うーん、疲れたね。
この一連の顛末で思ったことは、僕がいかに他者と対峙する時にマウント合戦に支配されているかということ。
また、オジサンを、「自分に害を与えない程度のなにも心配することない酔っぱらいオジサン」から、やはり「有害なただの酔っぱらいジジィ」だと改に認識するその変わり目を、その最中(まさにその時、その地点、今まさに)に自分で確認する術はないとういうこと。
振り返った時に、「認識が変わった」としか確認できないということ。しかもその移り変わりは、アナログ的ではなく、デジタル的に変わるということ。
等々思った。
そして以上の諸々の思考は、今読んでいる本の内容にかなり引っ張られた思考形式だということも分かった。
今、「時間」に関する本を読んでいるので今度紹介します。
終わります。
ありがとうございました。
ハッピーハロウィン。