ハイハイで散歩中

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M-1グランプリ2020観ました

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M-1観ました。

個人的に面白かったのが、「オズワルド」と「ニューヨーク」で、エモいと思ったのが「ウエストランド」でした。

詳しくは知らないのですが、結果に批判的な意見がチラホラあるみたいです(まあ毎年あるとは思いますが)。

ただ、明確に結果が出てしまうものというのは、えてして批判もセットみたいなところがあると思うので、もうそれはしょうがないというか、正直お笑いに於いての賞レースというのは結果をあまり気にしない方がいいのではないかと最近思ってる次第です。

だってお笑いを順位付けすること自体が困難だと思うし、極論言ってしまえば、「個人の好き・嫌い、価値観による」というところに最終的に帰着するのではないでしょうか。

でも勿論そんなことは再三言われていることで、それでも賞レースをやる理由は、確かダウンタウンの松本が言ってたと思いますが、賞レースにすることでグループ同士切磋琢磨され、お笑い界全体が盛り上がったり、底上げされる効果がある、みたいな感じだったと思います。

あと、やっぱり賞レースにすると番組に緊張感が増し、盛り上がるしエンターテインメント性に拍車がかかりますからね。視聴者側からしても楽しめるし、番組が終了してからも「自分はこの結果に納得いかない」、「自分はこのコンビが面白かったと思う」など各々余韻でも楽しめることができるので、冒頭、「結果をあまり気にしない方がいい」と書いたばかりの意見と早速矛盾している気もしますが、やっぱり批判も込みでの、それら含めて丸ごと「M-1グランプリ」なのであり、それ故に国民的なエンターテインメントになっているのだと思います。

なんというか、ほどほどに、いい感じの距離感を持って接した方がいいんではないかと思っています。やっぱり結果が自分と違うものになったらそれなりに沸沸と思いがこみ上げてくるものだと思うのですが、それが賞レースの醍醐味でもあり、弊害でもあると思います。だからなんというか、結果をほどほどに気にしながらも、でもそれをやや俯瞰で見れる距離に自分を位置させて、その状態を丸ごと楽しめる、そんないい感じの距離感で接しようみたいな感じですかね(自分でもなに言ってんだか分からなくなってきている、泥沼にハマっていってるような感覚になってきました)。

懲りずにこのまま進めると、だから、同じ賞レース制でやっている、やや物議を醸している女性芸人ナンバーワンを決める大会「THE W」も、漫才もコントもピン芸も全て一緒くたにしているので、正直審査基準とか、もはや破綻していると思うのですが、上記と同じ理由で、結果はほどほどに気にしつつもいい距離感を持ってその番組自体を楽しむ、ということが視聴者としては大事なのではないかと思っています。

「THE W」のことをもう少し書くと、コンビ「Aマッソ」エグかったですね。痺れました。

これまでネタも色々観たことあるし、AマッソがやっているYouTube動画も何度か観たことがあるので、トガリ倒していることは重々承知していましたが、あの大会であんな斬新なネタをやるとは、もはやロックを感じてしまい、カッコいいと思ってしまいました。

Aマッソは残念ながらファイナルラウンドには進めませんでしたが、その日のツイッターのトレンドに上がっていたり、色々反響は大きかったみたいですね。

だからなんというか、もう賞レースというのはある種「体(てい)」として存在させて、決勝に残っている時点で面白い人達なのは大前提なので、あとは視聴者が自分の好きなお笑い芸人を見つけたり、色々放送終了後に語ったりして「Aマッソ現象」を発生させたり、そうやって楽しめばいいんではないでしょうか。程良い距離感でね。


とまあ「THE W」や「賞レース問題」はこれくらいにしておいて、今年の「M-1」では、冒頭にも書いたように「オズワルド」と「ニューヨーク」が僕は面白かったです。

 

っていうか「オズワルド」やばくないですか。ネタのクオリティ高すぎでしょ。センス良すぎ。想像力豊か過ぎ。ツッコミの仕方や表情、ワードセンス良すぎ。冒頭の、

ボケ・畠中「『ハ・タ・ナ・カ』、もう終わってるよね」
ツッコミ・伊藤「なんか始まってました?」

で心掴まれましたわ。んで、自分の苗字を口にしている時になにか物を突っ込まれるんじゃないかとビクビクしている大男の世界観、むちゃくちゃ好きですよ。

あと、「M-1」放送終了直後にやっていた反省会番組で、千鳥ノブも好きと言っていたが、畠中の発言をそのまま伊藤がオウム返しする、

畠中「もしかして君も入れる側の人間?」
伊藤「もしかして君も入れる側の人間?って聞こえたぜ」

も良いですね。あとツッコミワードセンスも然ることながら、ツッコんでいる時や聞いている時の表情もほんと良い。勿論畠中の演技もその世界観に引き込む演技をしていて良いです。

でも、ほんとお前何様だと言われるかもしれませんが、少し苦言を呈すなら、前半部分で振っていた細かい部分を後半回収するくだりが少し雑な気もしました。この辺は「見取り図」の方が上手くやっているように僕は思います。また、その他の細かな部分、畠中が口笛を吹いて伊藤をタシナメル所とかスルーされていましたし*1、ツッコミ方が少しオーバーだったりと、そういう細かな部分が少しだけ気になりました。なんかそれまですごい良い音色だったのに、突然音が外れてしまったような、なんか気持ちの悪い感じがしてしまうのです。ほんのちょっとですけどね(評論家気取ってすみません)。

まあ、むちゃくちゃ面白かったですけどね。平場での、松本とオール巨人の意見が割れたところの返しとかもすごい良かったですし。来年もぜひ見たいです。

 

「ニューヨーク」も好きでした。あの攻めた感じ。僕は性格が悪いのでああいう毒気があると笑ってしまいます。というか屋敷ツッコミうまい。安定感ある。

そしてハッとさせられたのが、ニューヨークの漫才を、ナイツ塙が「新しい時事ネタのスタイル」と評していて、確かにな、と納得してしまいました。この時評論家というのはやはり必要なのかもなと少し思いました。分かっている人が分からない人にその作品をどう見ていいかを教える、または新たな見方を提示する、それはそれである意味クリエイティブなことだと思いました。僕自身、塙のこの意見を聞いて、一気にフワッと新たな視界が現れたのを体感しました。

またこれも塙が言っていたことですが、去年の歌ネタはニューヨークの二人には合っていなかったが、今回の毒のあるネタは合っていて良かった、的なことを言っていて、確かに去年よりも面白かったと僕も思いました。

やっぱり自分達に合っていないネタをやっていると、どこか胡散臭さが出て、説得力を欠いてしまうように思います。塙の本に書いてありましたが、「M-1」優勝のために自分達のスタイルをコロコロ変える必要はなく、「M-1」が決してゴールではなく、その後の長い芸人人生を見据えて、自分達の合ったスタイルを貫き通した方が良い、それが結果的にお客さんをも笑わせることになる、的なことが書いてあって、そのことも思い出しましたね。このことはこの記事の冒頭でも書いた賞レース問題にも繋がってくると思います。Aマッソ万歳。

あとニューヨークは平場の立ち回りも抜群なので、今後、今以上に売れるのではないかと思います。だからこのままスタイル変えずに色々挑戦していってほしいです。何様感。

 

最後に、「ウエストランド」、熱かったですね。

ボケがやや弱いので賞レースでは厳しい感じだろうとは思いましたが、ボケの河本がネタ中にツッコミの井口の立ち回りに対して思わず笑ってしまうところとか何気に僕は好きでしたね。

でも井口やっぱすごいですね。あんなに感情爆発尚且つ早口なのに、嚙まないしちゃんと聞き取れるし、復讐ってすごい力になるんですね。いや、面白かったです。

僕の感想もだんだん適当になりつつありますが、いやそんなことより、熱量のこもったエナジー溢れる叫びは、観る人を惹きつけるんだなと思わされました。最初微妙かと思ったけど、どんどん惹き込まれていってしまいましたからね。復讐万歳。

 

総評すると、なんだかんだで今年も楽しめたって感じです。

ただ一つ心残りなのは、今年ラストイヤーだった女性双子コンビの「Dr.ハインリッヒ」を決勝の舞台で見られなかったことです。準決勝へのワイルドカード枠いけるかと思ったのですが駄目でした。ただ、その期間結構ツイッターでは盛り上がっていて、若干「Aマッソ現象」になっていたように思います。
彼女達は唯一無二でとても魅力的なコンビだと思うので、これからも注目していきたいと思います。

www.teheperow.com


もう早いもので年末です。ほんと早かった。

来年の「M-1」はどういう状況で開催されるかはもはや誰にも予測できないと思いますが、少しでも良い状態で観られることを願っています。

それでは!

 

*1:後で見返したら、「なめんなよあんま」って言って処理されてましたね。